もう一週間経ちますが、先週、モートンがスペルマン賞にでたこともあり、その日は眠いながらも、一日中幸せだったので「今日は本当に幸せな一日でした」という文章をノルウェー語で書いたらどうなるんだろう、と思ったところで止まりました。

日本語・ノル語辞書で「幸せ」をひくと「hyggelig」と「lykkelig」がでます。
「お招きいただけて嬉しいわ」というような時に使うのはlykkeig,「お目にかかれて嬉しいわ」というような時に使うのはhyggeligと、この間習ったばかりなのですが、さて、「モートンの新曲を生中継で見ることができて、すごく幸せだった。一日中浸ってた」みたいな「幸せ」は、hyggeligなのかlykkeligなのか…。

「Today is the happy day」って、ノルウェー語だったらhyggeligとlykkeligどちらを使うのでしょう?と、ノルウェー語を学ぶコミュで聞いたところ、「どちらかというとlykkeligじゃないかな?」とか、それ以外の言葉で置き換えたりとか、色々な返事がありました。
「Theがついてるから、lykkedagenがいいかもね」というのも。

スペルマン賞では、受賞した多くの歌手が「godfølelse」という言葉を使ってました。
直訳すると「良い感じ」。
Jeg har en godfølelse.
英語に置き換えると「I have a good feeling」。

「モートンの声、聞けて一日中幸せ」の幸せ一つでも、本当にいろいろな表現方法があるなだな、と改めて思いました。

考えてみると、悪い癖で、自分の感情を表す言葉って、いつも同じになっているかもしれないとも。
一時、「最近の女性はなんでもかんでも”かわいい”で表現する」と言われることがありましたが、まさにそれ。
「幸せ」って、「これ以上が幸せ」という決まった基準はなく、自分の感じ方だから余計に、(私自身)なんでもかんでも「幸せ」という言葉に置き換えてる可能性もあるかなと。

ほのぼの胸が温かくなるような幸せもあれば、「おいしくて幸せ-」ってのもあるし、「もう今死んでもいいくらい、頭真っ白な状態」の幸せもあって、本当はそういうのを幸せの一言じゃなくて、「心が温まります」という言葉を添えて表現するのも、いいのだろうなと。

そして、結局「辞書」はカテゴライズ化されてるわけだから、ある意味「無理矢理」当てはめているものもあるだろうし、そこは「感覚」で学んでいくものなんだなと、改めて語学の奥深さも感じました。

モートンの言葉や、Rem氏の詩を訳すためにも、普段から自分の感覚を他の言葉で置き換える練習をしてみると、楽しそうなのでやってみようかなと思います。


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Tomoko

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Morten Harket.jp (http://www.morten-harket.jp/)の中の人。 二児の母で、フルタイム勤務しつつ、ノルウェー語の勉強をしています。 現在、NORLAからサポートを受け、ノルウェー語の詩の翻訳を実施中。
カテゴリー: 日常/心

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